ポッドキャスト

 ポッドキャストの番組を幾つか登録していて、新しいエピソードが配信されると取り敢えずダウンロードしておきます。それらをいつ聴くかは番組ごとに概ね決まっていて、通勤途中は英会話を聴いて、トーク番組はお風呂で湯船に浸かりながら聴いたりします。このようなスタイルはほぼ固定されてきていて、それぞれの番組は今でも楽しんではおりますが、他にも何か面白い番組はないものかと探していてふと目に留まったのが溝江達英という人の『超越文法』という番組でした。この溝江氏は国際言語学者で、13もの言語を習得したとプロフィールに書いてあるので、てっきり英文法を解説するのかと思ったらそうではなくて、「言語」という観点から見えてくる文化とか思考方法を語る内容でした。まだひとつのエピソードしか聴いていないので何とも言えませんが、興味をひく内容でした。そのエピソードでは「言語経済学」について話していました。言語経済学とは、使っている言語と収入などの経済状況との関係を研究する学問なのだそうです。例えば「食べる」という動詞は、日本語では「今日、ラーメンを食べる」でも「明日、ラーメンを食べる」でも、つまり時制が現在でも未来でも「食べる」という動詞そのものに未来形や現在形があるわけではなく常に「食べる」という形しかありません。これがイタリア語だと現在形と未来形で形が異なります。これが何を意味しているかというと、日本人にとっては「現在と未来の違いが無い」、あるいは「今日の延長線上に明日がある」と捉えていて、今日と明日は繋がっていると考えています。一方、イタリア人は現在と未来は別のもの、つまり「今日は今日、明日は明日」と考えていています。これが経済活動にどのように関係しているかというと、日本人にとっては今日と明日は繋がっているので、今手元にあるお金を使ってしまっては明日困ることになるので、節約して貯蓄しようとします。しかしイタリア人にとっては今日と明日は別なのだから、今手元にあるお金は今日のうちに使っちゃえ、明日は明日で何とかなるさと考えるのだと溝江氏は説明していました。溝江氏が現在在住しているカナダでもそういう傾向が強くて、カナダ人は貯蓄しようとしないので、銀行としては何とか貯金してもらおうと普通預金(定期預金ではなくて)の利率を4%にしているそうです。これは単なる一例で、これだけで言語と国民性の関係をスパッと言い切ってしまうのはどうかと思いますが、これまでに知らなかった観点で面白いと思いました。また時間がある時にでも他のエピソードを聴いてみるつもりです。