ロバのパン

 土曜日の昼下がり、住宅街を自転車で進んでいると、どこからか「ロバのパン」の曲が聞こえてきました。もしかして、あのロバのパン屋さんが近くにいるのか?と懐かしさに少し胸をワクワクさせながら音が聞こえてくる方へ行ってみると、車体に「ロバのパン」と書かれた軽バンがゆっくりと進んでくるのが見えました。

 「ロバのパン」というのは、昭和の時代に登場したパンの移動販売で、当時は本当にロバや馬にパンを載せた荷車を牽かせていたらしいです。ピーク時(1960年頃)には西日本を中心に約170台ありましたが、現在でも活動しているのは、岐阜市高知市阿波市と京都の本部だけだそうです。

 私自身は、随分と幼い頃(幼稚園に行くか行かないかぐらいの頃)にロバのパンを食べた記憶がありますが、その後は見かけないようになったので、既に廃業したのかと思っていたのですが、細々と存続していたとは知りませんでした。

 移動販売車に近寄っていくと軽バンが停車しました。運転しているのは年配の男性で、接客担当のオバさんが助手席から降りてきて、バックドアを開けると中には商品が入ったケースがありました。どれにしようか迷いましたが、オーソドックスな黒糖あんと苺ジャムの2つを選択。ここまでは「ああ何だか懐かしいなぁ」というノスタルジックな気分に浸っていたのですが、値段を見てびっくり。1個200円もするのでした。かつてはもっと庶民的な安い値段だったはずですが、今では子供相手ではなく、完全に大人を対象とした商品という位置づけのようです。一応菓子・食品メーカーに勤めている私なので凡その原材料費は見当がつきますし、コンビニで売っている菓子パンは100〜150円程度が相場で、パンの専門店でも200円を超えるものは少ないことを考えると、このロバのパンはかなり高い価格設定のように思えます。実体としてのパンそのものに「昭和の懐かしさ」といった雰囲気も含めての200円なのでしょう。故に「お腹がすいたから食べるパン」でもなければ「美味しさそのものを味わうためのパン」でもなく、懐かしい過去を思い出すきっかけを与えるツールとしてのパンであり、そういうものに対してなら客が払う金額がこのくらいなのかもしれません。