「ほぼ日」の連載から

 「ほぼ日」で脳科学者の池谷裕二東大教授のインタビューの連載が始まりました。池谷教授の脳に関する本は大変分かりやすくて面白いので、これまでにも何冊か読んでおり、今回も興味津々で第1回のインタビュー記事を昨日読みました。

 その記事では「記憶」について語られていて、どういうことが記憶として脳に定着するかというと「どれだけ見たか・聞いたか(=入力されたか)、どれだけその情報に接したかという頻度」は実はあまり重要ではなくて、「どれだけその情報を使ってみたか」という出力頻度が多いと、脳は「これを覚えておこう」と判断して記憶として定着するのだそうです。勉強で言えば、ひたすら教科書を読んでばかりいるのではなく、練習問題や入試の過去問をたくさん解くことによって記憶が定着する、ということになります。私の学生時代を振り返ってみると、どちらかというと「入力(教科書や参考書を読む)」の比率が「出力(問題を解く)」よりもかなり大きかったです。勉強における出力の大切さを学生時代に知っていれば、もっと良い成績を残せたかもなぁ・・・、と学生時代に戻ってもう一度勉強をやり直したい気持ちになりました。

 あと面白かったのが「記憶が色褪せる(忘れる)ことによって私たちの時間が進む」という考え方でした。我々は直近のことはよく覚えていて、以前のことは記憶がおぼろげになりますが、おぼろげの度合い(忘却の度合い)によって、それが時間軸のどのあたりなのかを認識できるようになっているのだそうです。例えば、記憶を強烈にしてしまう、一旦覚えたものは忘れなくしてしまうという薬や遺伝子操作によってものを忘れにくいネズミをつくる実験もあって、忘れにくいネズミは全ての記憶がみな同じように鮮明であるために、その記憶が昨日のことなのか1か月前のことなのか分からなくなってしまうのだそうです。そういうネズミを使った実験で、餌が置いてある場所を変えると、普通のネズミは新しい場所へ行くのに対し、忘れにくいネズミは以前の餌の場所の記憶が鮮明過ぎるために、そちらへ行ってしまったりするのだとか。こういう事実を踏まえると「忘れる」という脳の機能は、生物として生きていくために実はとても重要なのだということが理解できます。「悲しかったことや苦しかったことに囚われないように、忘れるという機能が備わった」という情緒的な話ではなく、忘れないと生きていくのに不都合だからというのが面白いと感じました。と言いつつも、やはり一度見たものや聞いたものは絶対に忘れない記憶力というものに対する憧れは、なかなかなくなるものではありません。