小説の文体

 小説の文体は勿論、作者によって様々であり、個性的であり、それが小説家を小説家たらしめている重要な要素のひとつであることは言うまでもありません。取っつき難くて読むのが苦痛で慣れるのに時間を要する文体がある一方で、最初のページの1行目から文体が奏でるリズムと読者である私の心の波長がピッタリと一致して、そのまま物語の世界へ連れていかれてしまう文体もあります。私にとっては「最初のページの1行目から」に該当する作家は村上春樹かもしれません。私だけでなく、国内外を問わず村上作品が多くの人に愛読されている秘密のひとつはその文体にあるような気がします(但し、外国語に翻訳された際にオリジナルの文体が持つリズムがどれほど再現されているのか分からないので、翻訳版においても文体が重要なファクターになっているとは断定できませんけど)。

 先日、北欧のトナカイ警察の小説の下巻を読み終えました。この作品は、どちらかと言うと、その文体に慣れるのに時間がかかった方で、リズムよく読み進めるようになったのは下巻の後半ぐらいからでした。そこでようやく長い前置きが終わって、さてどんな結末で読者を驚かせてくれるのだろうと期待に胸を膨らませていたのですが、期待が大き過ぎたのか、何だか不完全燃焼感が後に残りました。

 北欧出身の作家による北欧を舞台にした小説が注目されだしたのはもう10数年前で、『ドラゴン・タトゥーの女』あたりからだったと記憶しております。それ以降、北欧の作家が1人また1人と発掘されてじわじわと勢力を広げていき、今ではひとつの立派なジャンルとして確立されました。北欧独特の、同じく寒い国でもロシア文学とはまた趣が異なる陰鬱とした感じの作品が多くて、そもそもミステリー・警察小説なので大抵誰かが殺されますので、読むとスカッと爽やかな気分になる小説ではありませんが、これからもたまには読んでみたいジャンルではあります。