『紺屋高尾』

 数年前に談志の弟子の立川談春が書いた『赤めだか』という本が話題になったことがありました。新聞などの書評でも取り上げられておりましたし、書店では大量に平積みされていたので私も読んでみました。本は評判通りの面白さで、更に「本業の落語の方はどうなんだろう」と気になったのでCDを2枚ほど購入し聴いてみました。残念ながら落語の方は『赤めだか』ほどは面白くなかったのですが、その中の『紺屋高尾』という一席だけはとても良い噺で、今でも時々聴いてみたりします。

 『紺屋高尾』は、若い染物職人が仲間に連れられて初めて行った吉原でたまたま花魁道中を目にして、その中にいた高尾太夫という花魁に一目惚れしてしまい、どうしても高尾太夫に会いたい一心で3年間必死に働いてお金を貯め、更には親方とか仲間のサポートもあってなんとか思いを遂げる、という噺です。登場人物たちのやり取りの中に笑えるポイントは幾つかありますが、そもそもはいわゆる「人情噺」というカテゴリーに属するものであり、「純愛」をテーマにした噺です。

 逆のパターン、つまり身分の高い男性と普通の女性の恋愛物語は『シンデレラ』とか『プリティウーマン』などたくさんありますが、『紺屋高尾』のようなパターンは物語として成立しにくいのか、あまり無いように思います。ところが舞台を江戸時代の吉原にすることで、「物語として成立しにくくしている」様々な障壁が自然に取り除かれ、純愛が浮き彫りになるといった仕掛けになっています。

 女性がこの噺を聴いたらおそらく男性とは違った感想を持つのでしょうが、私などは自分の過去の恋愛経験、特に自分とは棲む世界が違う女性を好きになってしまった経験(もちろん相手は花魁ではありませんが^^;)に『紺屋高尾』を重ねてしまったりして、かなり感情移入してしまう噺です。

 この『紺屋高尾』を得意とする噺家としては、立川談志立川志の輔の名前が挙がっており、どうやら立川一門で引き継がれていっている芸のようです。談志の人情噺は『芝浜』とかを聴いたことがありますが、ちょっと重くてわざとらしいのであまり好きではありませんが、志の輔バージョンは聴いてみたい気がします。