『少女は自転車にのって』

 TBSラジオの『たまむすび』という番組を通勤途中に歩きながらPodcastで聴くことがあります。中でも毎週火曜日の映画評論家の町山智浩氏の映画を紹介するコーナーは面白いので、なるべく逃さず聴くようにしています。町山氏は米国カリフォルニア州バークレー在住で、毎回国際電話で番組に参加します。さすが、アメリカに住んでいるだけあって、単にありきたりな映画の内容の紹介だけに留まらず、その背景まで説明してくれるのでまるで池上彰氏のニュース解説のような分かり易さがあります。

 2週間ほど前に紹介された映画はサウジアラビア初の女性監督ハイファ・アル=マンスールによる『少女は自転車にのって』。サウジアラビアの10歳のおてんば少女ワジダが自転車を手に入れるためにいろいろと行動を起こすお話で、表面的には可愛らしい子供の世界を描いた楽しい作品に見えるのですが、実はその裏側にはサウジアラビアの恐ろしい女性差別の現実があるということを町山氏が説明してくれました。町山氏の言葉をそのまま書くと、サウジアラビアでは女性は一生の間ずっと人権が無く、全ての女性は父親か夫の保護下に置かれる必要があり自立することが法的に許されていない。お金を稼いで世帯主になることができず、選挙権も無い(選挙権が無いからそういう状態がずっと続いている)。結婚前の女性は男性と話をしてはならず、2008年に実際に起こった事件として、自分の娘がFacebookで男性とチャットしているのを発見した父親がその娘を殺したが、娘は法に違反していた故の殺害であるため「名誉殺人」とされ、父親は処罰されなかった。殺害されない場合は嫁に出されることが多い。サウジアラビアでは9歳ぐらいで嫁に出される。家族に娘がいても、女性が将来就ける仕事は家政婦か女学校の先生か看護婦ぐらいしかなく、自立出来ない娘を抱えている限り父親が食べさせねばならないので、10歳ぐらいで「この娘はいらない」と思ったら売りに出し、4人目の妻とかで40歳ぐらいのオヤジと結婚させられる。サウジアラビアでは女性がレイプされると男性は処罰されず、女性だけが「男性を誘惑した」という理由で鞭打ちの刑や投石の刑を受ける。こういう状態が現在もなお続いており、サウジアラビアにおける女性の地位は世界148か国中145位(更にひどいアフガンなどがこの下にいる)。サウジアラビア側は建前上はこれを宗教上の厳しい戒律によるものとしているが、同じイスラム国家でも女性が社会進出している国はあり(マレーシアとか)、実際のところは貴族社会を安定して存続させるためのシステムである。通常であれば、ここまで酷い状況が国際的に看過されることはなく、アメリカあたりが圧力をかけてきてもおかしくないが、サウジアラビアから石油を売ってもらっているという立場上、強い態度を取ることが出来ない。

 『少女は自転車にのって』という映画自体は可愛らしい物語ですが、裏側にはそういった社会情勢があるということを踏まえて観ると、より深い思いが湧き上がってくるかもしれません。日本での公開は12月14日からで、上映館数はおそらくそれほど多くないような気がしますが、DVDがリリースされたら観てみたいです。