アメリカのタクシー

 オレゴンで迎えたある夏に日本へ一時帰国する準備をしていました。私が住んでいた街から空港があるポートランドまでは車で2時間ほどで、以前は車を持っている友人に送ってもらったこともありましたが、その夏はあいにく友人の都合と合わなかったので、バスを利用することにしました。そのバスの停留所は幹線道路沿いにあり、私の寮からは車で15分ほどの距離でしたので、そこまではタクシーを利用することにしました。

 このタクシーというのが、なかなかクセ者で、日本のタクシーとは随分と違っています。大都市ではどうなのか知りませんが、私が住んでいた小さな田舎町の場合、電話帳に載っているタクシーは2つしかなく、そのうちの1つはいつ電話しても繋がらないので、実質的には1つしか存在していませんでした。日本へ帰る3日ほど前にそこへ電話して、朝6時半に寮まで来るよう予約しておきました。
 そして迎えた帰国当日の朝、シャワーを浴びたり、歯を磨いたりして洗面所から自分の部屋に戻ると留守番電話に1件のメッセージが入っていました。「こんな朝早くに、何だろな?」と思って聞いてみると、予約しておいたタクシードライバーからで「急に行けなくなっちゃったんで、キャンセルさせてね。じゃあ。」とのことでした。「えぇ〜っ!当日の出発間際になってキャンセルされても困るんだけど!」と憤慨して折り返し電話しても誰も出ませんでした。
 「タクシー」と言っても会社組織ではなく、個人経営のタクシーで、車1台・ドライバー1人という体制のようでした。「どうしよう、どうしよう・・・」と慌てふためいていると、たまたま同じフロアに住んでいる大学院生(博士課程の学生で、40歳ぐらいのオジサン)が私の部屋の前を通りかかったので、事情を説明すると「じゃあ、僕がそのバス停まで送ってあげるよ」と言ってくれました。そして「こういう緊急の場合は、僕を叩き起したって構わないんだからな。遠慮するなよ。」と言ってくれました。彼とは、たまに話をする程度の軽い付き合いだったのですが、そのように言ってくれて、感謝の気持ちでいっぱいになり本当に涙が出るほどでした。彼の親切は、忘れることが出来ません。