日曜日の朝

 小学生の頃、少年野球のチームに入っていました。毎週日曜日の朝9時から練習がありましたが、野球が大好きだった私は待ちきれなくて、7時ぐらいから自宅の塀に向かってボールを投げては跳ね返ってきたボールを捕球するという練習を独りで黙々と行なっていました。日曜日の朝7時といえば、まだ布団の中にいる人もあれば、のんびりと新聞を読んでいる人もいる静かな時間帯。そんな穏やかな時間が流れる日曜日の朝に、軟式野球のボールが壁に当たる音が繰り返し聞こえてきたなら、普通だったらイラっとするでしょう。今ならそんな近所迷惑になるような行為は絶対にしませんが、10歳ぐらいの少年だった当時の私は、ボールと戯れる犬のように、ボールを投げては捕るという行為に夢中で、周囲のことにまで気が回りませんでした。また、私の両親の寝室は塀から離れた奥の方にあったので、壁にボールが当たる音は聞こえていなかったようです。しかし、道路を挟んで向かい側のお家に住むOさんにとっては、かなり迷惑だったに違いありません。しかし心優しいOさんは「やかましいからやめてくれ!」などと怒鳴りつけるようなことはしませんでした。
 毎週毎週日曜日の朝に壁にボールを投げる行為をやめさせるにはどうしたらいいか、なるべく穏便な方法はないものかと思案したであろうOさんは、ある日曜日の朝、ボールを投げている私に「おはよう。これあげるから食べてね。」と言って菓子パンを渡してくれました。腹をすかせていた私はありがたく頂戴して、自分の家の中へ入り菓子パンを食べました。Oさんとしては、家へ戻った私がその後もそのまま中に居てくれることを願っていたことでしょう。菓子パン作戦がうまくいった、とOさんが喜んだのも束の間、食べ終わった私は再び外へ出てきて、壁にボールを投げる練習を再開したのでした ^^;) 
 自分の行為が迷惑をかけていることに全く気付いていなかった私は、その後も、小学校を卒業するまでずっと続けていたので、Oさんはさぞウンザリしたことでしょう。Oさん夫妻にはお子さんがいなかったせいもあってか、私には随分と親切にしてくださり、高校を卒業するまでは毎年お正月にはお年玉をくれたりしました。そんなOさん夫妻も随分前にお亡くなりになりました。私が小学生の頃にボールの音で迷惑をかけていたことに気が付いたのはお二人が亡くなった後で、今更どうしようもないのですが、どうしようもないからこそ余計に「あの時はすまなかったなぁ・・・」という気持ちが強く、消えることはありません。もしも出来ることがあるとすれば、Oさんとは直接関係は無いけれど、小学生とかの悪気が無いけど迷惑だと感じる行為に対して寛容になることかもしれません。