H君の家

 私が幼稚園に通っていた頃、同じ組にH君という男の子がいました。私がいつも仲良く遊んでいたお友達は他にいたので、H君と幼稚園内で一緒に遊んだ時間の累計はそれほど多くはありませんが、H君の家には何度か遊びに行ったことはありました。私の家からH君の家までの距離は1kmほどで、当時はまだ自転車には乗れなかったのでテクテクと歩いていったわけですが、今から考えると、よく車に撥ねられたり誘拐されたりしなかったもんだなぁ、親はよく平気でそんな遠く離れた場所へ小さな子供を独りで遊びに行かせたな、今じゃ考えられないな、と思います。そして卒園後は住んでいる場所の関係で私とH君は別々の小学校へ通うこととなり、それ以来、顔を合わせることはなくなりました。

 そして月日は流れ、私は社会人になりました。通勤時に自宅から駅へと向かうルート上にH君の家があるので、私は毎日H君の家の前を自転車で通り掛かることになりました。時々、H君が燃えるゴミの収集日の朝にゴミが入った大きなポリ袋を手に持って家から出てくる姿を見たり、物干し竿に洗濯物を掛けている姿を見かけることがありました。ゴミ出しはともかく、そうやって洗濯物を自分で干しているということは、まだ独身なんだろうな、と思ったりしていました。独身であろうと何であろうと、元気そうにしているH君を遠くから見て安心していたのですが、数日前からH君の姿をパタリと見かけなくなりました。夜に帰宅する際にH君の家の前を通っても電気はついておらず真っ暗で、人が住んでいる気配はありません。どうしたんだろうか?急に入院したとかじゃなければいいのだけど、と心配していると、ある日、解体業者がやってきてH君の家を重機で取り壊し始めました。もともと小さな家だったので、あっという間に跡形も無くなり更地にされてしまいました。そこにまたH君の家が新しく建てられるようには思えません。どこかに引っ越していったのだろうけど、幼稚園の頃から繋がっていたものが唐突にプツリと断たれてしまったようで、一抹の寂しさが心に残りました。